平成28年度都立高校入試【社会】入試問題分析
【総論】
全体的に例年並みか、もしくは若干難しくなった印象(ただし、平成26年に出題された内容が複数見られることから、過去問をきちんと研究した受験生はかなり活躍できたものと思われる。)。出題傾向に変化がみられる。以下、【各論】では、まず第1として今年の問題に検討を加え、続いて第2として、上記出題傾向の変化を踏まえた社会の入試対策の在り方について私見を述べたい。
【各論】本年問題の検討と若干の解説
大問1 小問集合
小問1 地理分野からの出題で時差計算。マイナス9時間なので、1時間=経度15度の関係から、マイナス135度。よって本初子午線に重なるから【解答】イ。
小問2 歴史分野からの出題。徳川光圀が水戸藩の藩主であること、水戸は現在の茨城県に相当することから【解答】ア。
小問3 公民政治分野からの出題。控訴、上告といった文言から【解答】三審制のこととわかる。
大問2 地理分野
小問1 表Ⅰについてみると、米が1位のアは中国(C)、トウモロコシが1位のウがアメリカ(A)とわかる。そして、全体的に穀物生産量が少ないイがガーナ(D)。残ったエがオーストラリア(B)となる。次に表Ⅱをみると、温度のグラフにつき、6~9月頃に低下していることから南半球であるとわかり、降水量と総合すると温帯(とくに西岸海洋性気候)とわかるので、選択肢のなかのガーナとオーストラリアで比較すればオーストラリア(B)の雨温図であることがわかる。よって、【解答】エ。
小問2 国民総所得から、先進国の一つであるイギリス(Z)がウ、漁獲高および日系現地法人数の多さからタイ(X)がエ、総所得が低いこと、また、豚の飼育頭数が極端に少ないことからエジプト(Y)がアとわかり、牛の飼育頭数が極端に多いことからアルゼンチン(W)がイとわかる。よって、【解答】イ。なお、イギリスでは羊毛を取るためにぺニン山脈の東側で羊の飼育が多いことも手掛かりになりうる。また、イスラム教では豚が忌避されていることとエジプトとの地域の関連から上記の推論が成り立ちうるだろう(なお、エジプトの国教はイスラム教)。加えて、アルゼンチンのパンパでは小麦の生産が盛んであること、その周囲の乾燥地帯では牛の放牧が盛んであることを知っていれば選択肢が切れる。
小問3 地図Ⅰは地中海性気候の国々をさし、農産物として思い浮かぶのは冬の小麦、夏のオレンジ・ブドウ・オリーブなど。次に地図Ⅱをみると香川県が指示されていて、過去問を研究していた受験生はピンとくるものがあったのではないか。平成26年入試で出題されていた(直接問われていたわけではない)オリーブの話である。よって、選択肢を吟味するまでもなく【解答】はウ。なお、コーヒー(ア)・バナナ(イ)については、香川県では栽培が盛んではなく、ブドウ(エ)の生産高1位が山梨県なのは常識(その山梨ですら表Ⅲにみられるように9割を超える生産をたたき出しているわけではない)。上記過去問を見たことが無くても容易に正解を導けよう。
大問3 地理分野
小問1 記述の第1段落、「この県の……製造品出荷額は8兆2000億円で、この県が属する地方で最も多くなっている」とある。九州地方、山陰・瀬戸内・四国地方、近畿地方、中部地方、関東地方、東北地方、北海道地方といった標準的な地理の教科書的区割りをイメージして地図Aをみると、あてはまるのは福岡県しかない。よって、【解答】イ。なお、第2段落は北九州工業地帯(地域)の過去と現在を述べており、教科書にも明確に記述がなされているところだから、知識として知っておきたいところ。
小問2 表Ⅰを見ると、茶、みかんといった品目からアは静岡県(②)、日本なしがあるからイは鳥取県(③)、りんごとあるからウは青森県(①)、畜産が盛んなのでエが宮崎県(④)とそれぞれわかる。次に文章Ⅱをみると、第1文・2文より、選択肢中「西部及び中部地域」に「海岸沿いに平野が発達している」とあり、「台地」があるとされていることから静岡県が疑われる。そして、第3文より、表Ⅰアについて「米、野菜、果実、畜産に分類されない農産物の農業産出額」を概算すると、上記4品目の合計が約70%。残り30%の額を計算すると、2138億円×(100%-70%)=約600億円とわかる。したがって、アが上記説明に合致することがわかる。よって、【解答】ア。
小問3 読図問題。アは、「桜井と小浜を結ぶ道路の南の地域」では「開発」後に「複数の工場や発電所が建設」されているわけではないことから誤り。イは、「埋め立て」が進んだ後、「工場を取り巻くように桑畑や果樹園」ができたわけではないから誤り。ウは、「桜井と小浜を結ぶ道路の南の地域」に、「開発」後、「県や市の官庁が置かれ」ていないから誤り。エは、その通り。よって、【解答】エ。
大問4 歴史分野
小問1 アは「稲作……が伝わり」とあるから弥生期、イは「宋」から平清盛あたりを連想できれば平安末期から鎌倉直前期、ウは「聖武天皇」とあるから奈良時代、エは「明」・「足利義満」とあるから室町時代とそれぞれわかる。よって、【解答】ウ。
小問2 文章Ⅱに「伊能忠敬」とあり、このことから江戸期を選べばよいとわかる。その前期・後期の別が判断できなくても、ウには江戸「幕府」が存在しない時代が含まれているなどの手がかりから解答をひねり出せるのではないか。よって、【解答】エ。
小問3 記述問題は、各資料から読み取れることを端的に指摘して、破たんのない日本語でつなげば解答になる。まず、地図Ⅰから、坂本・大津といった港に非常に近接した場所に馬借があることから、海上交通と陸上交通の結節地点が坂本・大津であり、馬借が京都への陸上輸送手段であったことがわかる。次に表Ⅱから、北陸地域の具体的名称・輸送品目がわかる。さらに表Ⅲから、琵琶湖水運が利用されていたことがわかる。もっとも、表Ⅱ・Ⅲの内容は地図Ⅰからほぼ読み取れることであり、これらの資料は、そうした内容をきちんと解答に盛り込んでほしいという都教委からのメッセージだと思われる。
小問4 Aは、「ポーツマス条約」とあり、これが日露戦争の講和条約であることから、1904年ころ(正確には1905年だが、それがわからなくとも問題なし)の話を指していると判断できる。Bは、「東海道新幹線」とあり、その開通が1964年であることはできれば覚えておきたいところだが、それを覚えていなくても他の選択肢との兼ね合いから最後にくることは判断できよう。Cは、「普通選挙」などの文言から普通選挙法(1925年)などを連想すれば大正時代頃のことを指しているとわかる。Dは、「殖産興業」とあるから、明治維新ごろのことを指しているとわかる。以上より、古い順にDACB。よって、【解答】ア。
大問5 公民分野
小問1 アは憲法(以下、法名略す)25条1項の生存権を、イは14条1項の平等権を、ウは22条1項の経済的自由権を、エは15条1項・2項の公務員の選定・罷免権等をそれぞれ指している。よって、【解答】ア。
小問2 記述の内容は、労働時間や休日、賃金といった労働条件について述べたものである。よって、【解答】ウ。
小問3 文章Ⅱ第1文より、所得税が「20兆円を下回って推移してい」ないアの時期は消える。同第2・3文より、「法人税」が「増加から減少に転じ、その後増加してい」ないこと、「消費税」が「10兆円前後で推移し、税率が変化してい」るイの時期も消える。同第4文より、「酒税」が「1.5兆円前後で推移してい」ないウの時期も消える。以上より、残るのはエ。よって、【解答】エ。
小問4 平成26年に既出の社会保障費に関する現代的課題。若年層の減少、高齢層の増加による若年層の負担増という背景知識は常識。本問では、「社会保険料による収入と社会保障給付費の差に注目」せよ、とあるので条件に沿って記述すれば解答が得られるだろう。
大問6 複合問題
小問1 まず地図と表Ⅰより、森林面積が最大であることからアがブラジル(A)、針葉樹伐採高が最大であることからイがカナダ(B)とそれぞれわかる。勝負はこのあと。文章Ⅱによると、第1文から「針葉樹が多い」、「州を代表する農業国」とあるから、インド(C)とフランス(D)の特徴に合致するのは後者。本問では、このあたりで切り上げてよい。よって、【解答】はウ。
念のため第2文を検討すると、「1985年と比べて2011年には、木材伐採高が増加している」のに「森林面積の割合が増加している」ことは、残る表Ⅰウ・エに共通した特徴であり、判断できない。この後に続く、「2011年における木材伐採高に占める針葉樹伐採高の割合は、1985年に比べて減少している」のがいずれかを検討することになる。
ウについて検討すると、2011年の割合は、22250/55041×100より、だいたい22000/55000×100=40%。1985年の割合は、19481/38999×100より、だいたい20000/40000×100=50%。両者を比較して「2011年……の割合は、1985年に比べて減少している」と言える。
これに対し、エについて検討すると、2011年の割合は、12165/331969×100より、だいたい12000/332000×100=3.6%。1985年の割合は、9132/245029×100より、だいたい9000/245000×100=3.7%。両者を比較して「2011年……の割合は、1985年に比べて減少している」と言える。
そうすると計算上、決め手に欠けることになってしまう。こうした場合は、相対的に判断することが必要となろう。そうだとすれば落差約10%に相当するウをもって正解と判断すべき。
もっとも、インド(C)は、文章Ⅱ第2文前半にいう「18世紀後半には、市民を中心とした、自由で平等な社会を目指す動きがあった」という市民革命の内容が当てはまらない。上記のような数値の計算をいたずらに追わずに、知識で決着をつけるのが得策な問題かもしれない。
小問2 アについて年代を特定することは困難だろう。したがって、アの判断は後回し。イについて、環境破壊が経済優先の価値判断先行で行われていた時代背景は、歴史分野にとどまらず国語の作文問題でも頻出の常識。環境庁の設置年代(1971年。2001年に環境省に格上げされ、今日に至る)を覚えていなくても、高度成長期のことではないかと推量してほしい。ウについて、「欧州連合」が成立したのは1993年のマーストリヒト条約。これを覚えていた受験生は多いと思われる。エは、「中華人民共和国……が成立した年」、すなわち1949年のことを述べている。アについて不安を残しつつも、イを選ぶべき。よって、【解答】イ。
小問3 文章Ⅲ第1文より、「20世紀初めまでに、……植民地として分割されたが、20世紀半ば以降に多くの国々が独立」とは、アフリカ分割と1960年のいわゆるアフリカの年のこととわかる。したがって、記述すべきはアフリカ州となる。そこでグラフⅠを見ると、①森林面積の減少と、②農地面積の増加が読み取れる。次に表Ⅱをみると、③人口が急激に増加していることが読み取れる。以上、①~③を総合すると、人口増加に対応するために、森林を農地に改変した、ということがわかるので、その旨を述べればよい。
【対策】
1.本年の出題傾向の変化
本年の出題傾向における変化とは、知識を重視する問題傾向への変化が読み取れるということである。従来、資料読解の問題については、当該問題において問われている内容について確たる知識がなくても、与えられた資料を読み解くことで解答を導くことができ、ややもすれば、そうした読解をしないと解答が得にくい出題傾向すら見られた。したがって、受験生・指導者としては、知識の暗記についてそれほど厳格な立場をとる必要がなかった。
ところが、本年ではそうした傾向が転換されたように感じる出題が多い。端的に言って知識を重視する傾向が現れ始めたように思われる。特に顕著なのは本年大問6である。小問3の記述問題では、議論の対象がアフリカ州であることがわからないと採点されない。では、アフリカ州についてはいかに判断するか。それは、文章Ⅲに述べられたヒントを手掛かりにするほかない。つまり、判断するに足る知識を持たない受験生はその時点で門前払いとなる。
このほか、同大問小問2もこうした系統に属すると思われる。本小問では、知識を前提としない場合、選択肢ウ・エが残る。そこで、文章Ⅱをみると、5桁÷6桁×100というパーセンテージを計算した大小比較のもとで答えがでるかのようなヒントがある。したがって、知識に乏しい受験生が例年のごとく計算に手を付けたことが考えられる。しかし、上記解説にも述べた通り、面倒な計算をしたうえでもなお厳密には選択肢が絞り切れないという、ここまでくると意地の悪さとも言いたくなるような出題までなされた。これに対し、知識をきちんと身につけていれば、かかる計算を一切必要とせず、容易、最短、確実に正解にたどり着ける。この辺りに、今後の都立入試の方向転換的な香りがする次第である。
2.前記変化を受けた今後の社会・入試対策の在り方
こうした傾向が今後維持されるかは不透明ではある。しかし、大は小を兼ねるのだから、危機管理の観点から勉強の強度を上げる必要がある。端的に言えば、知識の暗記をいとわず、可能な限り背景事情・理由も含め理解しておく、いわば骨太な学力を身につけておく必要性が高まった。そうすると、従来のような勉強ではとても対応できないのだから、教科書の精読、各種問題集の基礎から応用レベルの幅広い問題にあたっておかねばならないだろう。特に、井草や豊多摩レベル、それを超える小金井北レベルの学校、あるいは西・国立といったグループ作成校レベルの志望校を突破したい受験生には喫緊の課題といえ、早急に勉強に着手する必要がある。